とくしんのいかん世の中 人生幸朗・生栄幸子

執筆のトレーニングに(特に会話に)漫才の書き取りをします。一字一句すべて。昔の漫才は本当に無駄がない。練られているというか、これこそ芸。
ということで、「とくしんのいかん世の中」人生幸朗・生栄幸子さん。どうぞ。

幸朗「本日はまことにもってお日柄もよろしく、おめでとうございます」
幸子「そうやねぇ、めでたいねぇ」
幸朗「思い起こせば」
幸子「何を思い起こすねん」
幸朗「私たち二人が結ばれましたのも、ついきのうのようで」
幸子「あほ!(叫ぶ)化けるほど生きてるくせに、なに言うとんねん。この老いぼれ!(叫ぶ)」
幸朗「まぁ、私どものことはさておいて」
幸子「はい」
幸朗「本日はめでたい」
幸子「そうやねぇ」
幸朗「が、」
幸子「何か、言いたいことあるんか」
幸朗「最近いちばん腹立つことは」
幸子「ええ」
幸朗「新聞代の値上げや」
幸子「ああ、それねぇ」
幸朗「突然六百円も上げやがって」
幸子「えげつないですねぇ、これはねぇ、六百円もねぇ」
幸朗「これ、皆様、どう思いなはる」
幸子「はい」
幸朗「それでワタシは言うた。えげつないことすない!」
幸子「えげつないことせんといてほしいわねぇ」
幸朗「とくしんのいく理由をはっきりせい! 言うたらね」
幸子「はい」
幸朗「新聞が赤字のために、これは上げさしてもらわなしゃあないと」
幸子「ふーん」
幸朗「向こうはそう言うんだ。けど、皆さん聞いてください」
幸子「はい」
幸朗「私は何十年新聞読んでるけどね」
幸子「ふん」
幸朗「赤字の新聞見たことない」
(幸子、黙ってうなずく)
幸朗「新聞は皆黒字やて」
(幸子、黙ってうなずく)
幸朗「とにかく今の世の中ね」
幸子「上がりっぱなしやね、何もかも」
幸朗「赤子の手をねじるようなことさらしよる」
(幸子、大きく二度うなずく)
幸朗「何でもかんでも上げたらええもんやないわい!(叫ぶ)」
幸子「高いわねぇ。風呂銭でも百八十円になってる」
幸朗「上げな損のように上げてけつかる」
幸子「ふん」
幸朗「この間も雨上がりの道歩いたら、ハネまで上がりよる」
幸子「関係ないわ、それは。気ぃつけて歩け、ボケザル」
 幸子唄う。
♪赤いリンゴにくちびる寄せて〜黙って見ている青いそら〜♪
幸朗「また唄うとる」
♪リンゴは何にも言わないけれど、リ〜ンゴの気持ちぃは〜よくわかる〜♪
幸朗「やめい!(叫ぶ)」
幸子「何で止めるんや。気分よう唄うとんとに、止めるな、このどろがめ!」
幸朗「なんというわけのわからん唄を唄うか、このおろか者めが」
(幸子黙る)
幸朗「銃殺にさすぞ、バカモノ」
幸子「偉そうに言うな、このハナクソ。これはな、並木路子さんのリンゴという唄やで。この唄のどこがあかんねん」
幸朗「たしかに・・・戦後の、あの乱れきった世相に、一条の光を投げかけたと言われる、あのリンゴの唄」
幸子「そうや」
幸朗「この唄は確かにすばらしい唄やと思います。しかし、この文句が気にいらん」
幸子「へ〜ぇ。この唄のどこがいったい気にいらんねや」
幸朗「赤いリンゴにくちびる寄せて、黙って見ている青い空。なるほど、そこまではまだ黙って聞いといたろ」
幸子「ほな、そんでええやないの」
幸朗「そのあとの歌詞が気にいらん」
幸子「そのあとの文句言うたらどないやねんな」
幸朗「えっ、リンゴは何にも言わないけれど、当たり前や、リンゴがもの言うてみぃ、くだもんやのおっさん、うるそうて寝てられるかい!(叫ぶ)」
幸子「しょうむないことばっかり言うな、天王寺のどろがめ」
幸朗「責任者出てこい!(叫ぶ)」
幸子「出てきたらどないすんねん」
幸朗「あやまったらしまいや、ごめんちゃい」

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