関西人の支援は元気であること、そして稼ぐこと
16年前の阪神大震災。
震源地から1kmしか離れていない場所に住む
僕と家族は奇跡的に生きていた。
生と死は紙一重だった。
1分の差、5メートルの差・・
数週間経ったことだったろうか、やっとのことで大阪へ出た。
線路がぶっ壊れて電車がなかったので、
メリケンパークから天保山まで船に乗った。
大阪で目にしたこと・・
若い女の子が真っ赤な服を着てヒールで歩いている。
大阪なんてすぐ横だ。それでこの違い。
「悲劇は人ごと」なのだ。
愕然とし、最初は腹も立った。
しかしそのうち、
「これでいい」「こうでなければいけない」
と思うようになった。
ひとりひとりの生活再建は、それぞれがやらなければいけない。
情けをかけられたって、状況が劇的に変わる訳じゃない。
被災地の外の人が、悲劇を共有するあまり活力を失っては困るのだ。
大阪はいつもの大阪らしくて、それでよかったのだ。
今こそ、
関西企業は気合いと脳みそをフル回転して、日本の活力を上げよう。
いっぱい税金を納めて、復興に金をまわそう。
自分にできることのペースを乱さず、元気をなくさず、着実にやること。
それがいちばん、被災者が望むこと。
被災の経験からも言えるし、信念としても言える。
がんばろう、みんな。
震源地から1kmしか離れていない場所に住む
僕と家族は奇跡的に生きていた。
生と死は紙一重だった。
1分の差、5メートルの差・・
数週間経ったことだったろうか、やっとのことで大阪へ出た。
線路がぶっ壊れて電車がなかったので、
メリケンパークから天保山まで船に乗った。
大阪で目にしたこと・・
若い女の子が真っ赤な服を着てヒールで歩いている。
大阪なんてすぐ横だ。それでこの違い。
「悲劇は人ごと」なのだ。
愕然とし、最初は腹も立った。
しかしそのうち、
「これでいい」「こうでなければいけない」
と思うようになった。
ひとりひとりの生活再建は、それぞれがやらなければいけない。
情けをかけられたって、状況が劇的に変わる訳じゃない。
被災地の外の人が、悲劇を共有するあまり活力を失っては困るのだ。
大阪はいつもの大阪らしくて、それでよかったのだ。
今こそ、
関西企業は気合いと脳みそをフル回転して、日本の活力を上げよう。
いっぱい税金を納めて、復興に金をまわそう。
自分にできることのペースを乱さず、元気をなくさず、着実にやること。
それがいちばん、被災者が望むこと。
被災の経験からも言えるし、信念としても言える。
がんばろう、みんな。
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